東京外国語大学 AA研 チベット牧畜文化辞典編纂チーム 運営
 

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糞利用の達人

2019年12月19日UP
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糞を日常的に活用する牧畜民

糞の活用といえば、日本人なら畑に撒く肥料が思い浮かぶだろう。しかしチベットの牧畜民にとって糞といえばまずは燃料だ。チベットの小説や映画でも、牧畜民が登場すれば当たり前のように糞の話が出てくる。2015年11月、東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞したペマツェテン監督の『タルロ』では主人公のタルロがヒツジの糞を広げて乾燥させる印象的なシーンがあったし、同年10月の東京国際映画祭で上映されたソンタルジャ監督の『河』(2017年に『草原の河』という邦題で公開)では、ヒツジの乾燥糞をたっぷり詰めた大袋を主人公の女の子がわざと倒してぶちまけて、母親を困らせるという茶目っ気たっぷりのシーンがあった。また、タクブンジャの小説「一日のまぼろし」(『ハバ犬を育てる話』に収録)ではヤクの糞を燃料に茶を沸かす話が出てくるし、ソンタルジャ監督の『陽に灼けた道』では歩いてラサまで巡礼に行く主人公たちが草原に落ちているヤクの糞を拾い、茶を沸かすシーンがある。

このように、牧畜民は日常生活で家畜の糞を最大限に活用しているのだ。糞は乾燥させ、ヤクやヒツジのものは燃料用に、ウマのものは土と混ぜて建材用に使う。湿ったヤクの糞は、現在では使用頻度が減ったと思われるが、昔は粘土のように加工して家畜囲いや貯蔵庫などの部材として使ったり、ソリなどの玩具を作るのに使ったりもしていた。実にエコな暮らしである。

こうした家畜の糞の中でも、ヤクの糞は燃料用に加工して活用されることが多く、関連する語彙が豊富だ。牧畜民が家畜の糞をどんなふうに活用しているのか、ヤクの糞を中心に解説しよう。

呼称の多いヤクの糞

はじめに家畜の糞の名前を紹介しよう。多くの牧畜民家庭で飼われているヤク、ヒツジ、ウマの糞は、それぞれ異なる呼称を持つ。ヤクの糞はフチヤ、ヒツジの糞はリマ、ウマの糞はフトゥルだ。ヤクの糞の呼称はとりわけ多く、状態によって言い分けがある。大まかにいうと、今紹介したフチヤは湿った状態のものの呼称であり、燃料用に乾燥させたものはオンワという別の名前で呼ばれる。湿った状態の糞と乾燥した状態の糞で呼称が異なるのはヤクだけであり、さらに湿糞と乾糞の中でも何に注目するかによって様々な呼称がある。

燃料糞の加工

ヤクの糞はそのままほったらかしにして乾かすわけではなく、湿気った状態で加工する。加工の仕方によっても異なる名前がある。小さな塊にしたものはツァブルク、薄く伸ばしたものはコホクという。ツァブルクは糞を手でつかみ、ぶらぶらさせながら振り落としていく。畑のようにきれいに広げる人たちもいる。コホクは薄く伸ばすため、すぐに乾いて燃料にできるので、夏のキャンプ地などでよく作られる。

ちなみに糞はたいして臭くない。食べているものが草原の草だけだからかもしれない。加工して乾燥した糞にいたってはほぼ無臭である。よく家の真ん中に燃料糞入れが置かれているが、臭いはまったく気にならない。

燃料用糞加工のプロセス

まずは地面に落ちている糞を拾うところからはじまる。手伝う人がいる場合は、一人が糞集め用のを背負い、別の一人が糞を両手で転がしながらまとめ、籠の中に放り入れる。一人だけで集める場合は、籠を背負い、熊手で拾い上げた糞を籠に投げ入れるというやり方や、小さなリヤカーを置き、そこに放り入れていくやり方もある。

糞がたまったら、糞の乾燥場に運んで行き、広げる。糞を手でつかみ、地面に投げつけながらさらに広げていく。ツァブルクの場合は、一つかみ分の糞を両手に持ち、手をぶらぶらさせながら細かくしていく。コホクの場合は、手で地面に塗り広げていく。

この作業は乳搾りをする前にも行うし、放牧後、ヤクがいなくなった後にも行う。ヤクをつないでいる場所をきれいに片付ける意味合いもあるのだ。ちなみにこれは結構な重労働だが、すべて女の仕事である。

ツァブルクは一週間ほど放置すると乾燥する。乾燥したら、糞の山(オンソン)として積み上げておき、ある程度まとまったら、オンラという名で呼ばれる燃料糞の山に積み足していく。オンラは長期にわたって使うため、雨に濡れないようにビニールシートをかけ、さらに湿糞で塗り固める。

燃料糞の利用

燃料糞は、他の燃料に比べて燃えやすい。かまどにくべてもすぐに燃え尽きてしまうので、頻繁に補充しなければならない。毎日燃料糞をオンラから掻き出し、燃料糞運搬用の袋に入れ、袋を背負ってテントに運びこむ。家庭によっては燃料糞を毛織の大きな袋に入れたものをテントの中にずらりと並べておき、そこから少しずつ出してかまどに投入する。

ヤクの毛で織った黒テントでの暮らしでは手作りのかまどが使われていたが、ここ十年ほどの間に急速に普及した帆布製の白テント土の家での暮らしではかまどはほぼ鉄製のストーブに置き換えられた。しかしライフスタイルが変わっても、燃料は相変わらずヤクの糞が用いられている。町で暮らす人々は牧畜民から燃料糞を購入して活用しているのだ。近年は「黒いダイヤ」と称される燃費のよい石炭が普及して、特に町では燃料糞と石炭を合わせて使うことが増えてはいるが、牧畜が続く限り、燃料糞の活用は続いていくだろう。

  1. 家畜を放牧に出した後、糞集めが始まる。
  2. 集めた糞をリヤカーに載せる。糞は加工する場所まで運ぶ。背負籠で運ぶこともある。
  3. 湿っているうちに形を整える。ツァブルクを作っているところ。
  4. 薄く伸ばす加工法。コホクという。
  5. 乾燥した燃料糞を積んでおく一時的な山(オンソン)。

文:星泉
イラスト:蔵西
写真:星泉、ナムタルジャ
初出:SERNYA 3号 25–28頁