牧畜生活での人と家畜の関わり―カム地方の牧畜から
私は博士課程在籍時、カム地方に位置する雲南省ディチン(迪慶)藏族自治州の放牧地で調査をおこなっていた。調査1年目の秋、50代女性のダワさんとその息子のガマ、ダワさんの甥っ子のジャッツェ少年の3人が住む宿営地の山小屋でお世話になっており、そこに1ヶ月にわたって住ませてもらいながら、ヤクの搾乳量を量ったり、宿営地の周辺植生などを調べていた。もちろん、住み込ませてもらっている以上は単なるお客さんという訳には行かず、ジャッツェのお手伝いとして、放牧に出したヤクの群れを集めて宿営地に連れ帰る作業にあたっていた。
ディチン州は、アムド地方と比較して山深く、傾斜の大きな山地を利用してヤクなどの放牧がおこなわれており、放牧地の内部には灌木林や針葉樹林も多くあった。放牧中のヤクに人が付くことはなく、日中のヤクは自由に動き回るため、バラバラになったヤクを夕方に集めて連れ帰る作業は大変な重労働であった。
夕方の4時くらいから、朝に放牧に出した方向を辿りながらジャッツェと歩いて行くのだが、彼はどのヤクがどこに居るかをおよそ理解しているらしく、見えないはずの茂みの向こうを指差しながら「あの辺りにスイピー(ヤクの呼称)とジーロ(ヤクの呼称)が居るはずだから連れてきて」と言われ、果たして行ってみると実際にスイピーとジーロが居るのが普通であった。調査当初は、ジャッツェがどのような視点からヤクの動きを把握しているのかまったく分からなかったが、放牧のお手伝いを繰り返しながら彼らと話していくうちに、その背景にはヤクに対する深い理解があることが分かってきた。
放牧中のヤクも闇雲に動き回るわけではなく、等高線に沿って平行に歩きながら採食をおこない、崖や森に行く手を遮られるとちょっと下りながら折り返し、つづら折れを繰り返しながらちょっとずつ下ってくるということであった。さらに、雨の日は群れがバラバラになりやすかったり、逆に晴れた日はあまり動かないことなどを踏まえて考えれば、およその場所は分かるとのことであった。また、個体ごとにも特徴があり、年を取った雌ヤクは動きが遅くてあまり移動しないこと、逆に若くて出産回数の少ない雌ヤクは宿営地からあまり離れないこと、ひとかたまりに見えるヤクの群れのなかにもいくつかのクラスターがあり、例えば母娘関係の個体同士は成畜になった後も一緒に行動することが多いこと(上述のスイピーとジーロは母娘)、そうかと思えば単独行動を好む個体や歩くのが速い個体がいることなどを彼らは教えてくれた。これらの知識を総動員しながらヤクを集める作業をおこなっているらしかった。
もちろん、自然の中で営まれる牧畜活動がそんなに単純な訳もなく、時には彼らの予想が外れ、居なくなったヤクをガマとジャッツェが夜遅くまで探すことも珍しくなかったが、彼らの作業を手伝うことを通して、日常的な群れ管理が家畜に対する深い理解に基づいていることの一端を垣間見ることができた。
アムド地方にも家畜を指し示す様々な語句があるが、そういった語句も、家畜への深い理解を示す表現形とも言えるだろう。現在、アムドの放牧地の周囲には鉄柵が張り巡らされており、家畜がいなくなったりすることも少なくなったと言う。鉄柵によって管理がやりやすくなった反面、彼らが培ってきた家畜への理解も徐々に失われていくのだろう。
文・写真:山口哲由