東京外国語大学 AA研 チベット牧畜文化辞典編纂チーム 運営
 

འབྲོག་པའི་པོ་ཏི།

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火を囲む暮らし―かまどからストーブへ

2019年12月20日UP
カテゴリー/住文化
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暮らしの中心にあるかまど

長きにわたりテント暮らしを続けてきたチベットの牧畜民にとって、暮らしの中心にはいつもかまどがあった。家族は火があかあかと燃えるかまどを中心に集まり、お茶や食事、だんらん、客人のもてなし、読経など、さまざまな日々の営みを行ってきた。

文学作品からも、かまどが重要な役割を果たしていることがわかる。例えば、ラシャムジャの長編小説『雪を待つ』では、半農半牧民の家庭の様子として、かまどを中心に台所側が女の座、その反対側が男の座と決められていること、かまどの火で暖をとり、かつ、明かりもとっていたことなどが描かれている。かまどの形こそ、半農半牧民と牧畜民とでは異なるが、男の座と女の座、上座と下座の位置関係などは基本的に同じである。また、黒テントに暮らす牧畜民を主人公にしたペマツェテン監督の短編映画『草原』(2004年)では、家庭でのやりとりはすべてかまどのまわりで行われていく。ソンタルジャ監督の『草原の河』(2015年)では、黒テントに暮らす牧畜民が伝統的なかまどではなく、鉄製のストーブを使っている様子が映しだされていて、近年の変化を読み取ることができる。

牧畜民の伝統的なかまど

小説『雪を待つ』には、主人公の父親が、半農半牧民と牧畜民、農民はみな暮らしも文化も異なるのだから一緒くたにしないでくれ、と主張するシーンが出てくるが、実際、牧畜民の伝統的なかまどはかなり特徴的である。

牧畜民の伝統的なかまどはヤク毛のテントで用いられることを前提としたものである。煙突がなく、煙はテント上方の天窓から抜けていくようになっている。発生した煤がテントの目を塞ぎ、雨漏りを防ぐ役割を果たす。

かまどはテントの入り口から奥にかけて細長い形に作る。大きく分けると二つの部分に分けられる。燃料置き場(オンカ)火を焚くところ(タプカ)である。燃料置き場はテントの奥側にくるようにし、オンカが高く、タプカが低くなるようにする。オンカには燃料糞をどんどん補充し、そこから燃料糞がタプカ側に流れていくようにする。オンカの回りは支えとして木の板を用いる。タプカは火を焚く部分を中心に、奥の部分をヤルギ手前部分をマルギと呼ぶ。ヤルは上という意味、マルは下という意味である。ヤルギはオンカから燃料を送り込む部分である。マルギは鍋ややかんなどを置いておく場所としても用いられる。ヤルギ、マルギはかまどそのものだけでなく、その周囲も表すことができる言葉で、それぞれ上座、下座という意味にもなる。

かまどの土の構造物を取り除くと、実は三つのかまど石が基礎として置かれており、原始的なかまどの原型が保たれている。このかまど石はテントを引っ越しする際には持ち運ぶこともあったという。

かまどの作り方

季節の移動で引っ越しをしたら、かまどを設置するのが重要な仕事である。持ち運んできた大きなかまど石をヤルギ側に一つ、マルギ側に二つ置き、その回りに草原の土を切り出したブロック状の土を積み上げて形を作る。形ができたら、近くで採れる白土を塗って、さらに形を整えていく。かまど作りは女の仕事で、かまどを見ればその家の女の技量が分かると言われたものだそうだ。

黒テントの中で用いられている伝統的なかまど

かまどからストーブへ

2000年代にはじまった生態移民プロジェクトの進行とともに、牧畜民としての伝統的な暮らしを営む人々自体が激減し、同時にヤクの毛を織って作った黒テントはほとんど見かけなくなった。山で牧畜生活を営んでいる人々も、帆布製の白テント土の家に暮らしている。これらの住まいは黒テントに比べて気密性が高いため、煮炊きするときに出る煙は煙突で外に逃がすようにするのが鉄則である。こうなると、伝統的なかまども姿を消していくことになる。

土の家の中で用いられている折衷式のかまど

現在はチャクタプという鉄製のストーブ(チャクが鉄、タプがかまど)が普及して、それを導入する家庭が多いが、昔ながらのかまどがよいという家庭もまだまだあり、そうした家庭では、土で伝統的な形のかまどを作り、火を焚く部分を鉄の板でカバーして、そこに煮炊きするつきの口と、煙突を設置する。この折衷方式は帆布テントでも土の家でも見られるやり方であるが、いずれにしても土の上で暮らす人々の発想である。町住まいの移民の人々のコンクリート製の住宅ではみな、鉄製のストーブを利用している。

かまどの周り

かまどの奥側は上座、手前側は下座となる。奥に向かって右手がアパサ (アパは父、サは場所)、左手がアマサ (アマは母) と呼ばれることが多い。アパサとアマサでは置かれる物も異なる。アパサには着物、馬具など、アマサには台所用品が置かれる。ただし、左右が逆になることもある。

かまどの神

牧畜民の住まいには三柱の神(ラ)が宿るとされているが、そのうちの一柱がかまどの神で、タプラ(タプはかまど)という。かまどの神には毎朝、お茶を沸かした際に最初の一滴を捧げる習慣がある。また、肉を焼く煙はかまどの神を怒らせるので煙を出さないように調理をしなければならないというタブーもある。

三柱の神のうち、入り口の神はゴラ(ゴは入り口)、奥の神はフクラ(フクは奥)という。奥には仏壇が設けられ、神仏の像、仏画などが掲げられることが多い。住まいがテントからコンクリートの住居に変わっても人々は変わらず三柱の神を祀り続けている。

糞から灰まで

燃料糞を燃やせばが出る。燃料糞が清浄と考えられているのに対し、灰は不浄なものとされる。客人にはけっして触れさせない。灰はテントから少し離れた灰の山に捨てるが、捨てに行く際に他人に会っても不吉とされる。そんなタブーがある一方で、灰は日常生活の中で大いに活用されている。たとえば、テントの中でミルクをこぼしてしまったら、即座に灰をかぶせ、水分を灰に吸い取らせて掃き出す。また、用を足した後に撒いたりするのにも灰を用いる。

調査地で出会った牧畜民たちは、草を食べた家畜の排泄した糞を加工し、それを燃料として用い、さらにそこで出た灰を活用するという、まさに究極のエコライフを営んでいた。生活の重要な部分を隅から隅まで自らの手で取り仕切る牧畜民たちの姿は自信に満ちあふれていて、それが実に印象的だった。


文:星泉
写真:平田昌弘、海老原志穂
初出:SERNYA 3号 29–32頁