東京外国語大学 AA研 チベット牧畜文化辞典編纂チーム 運営
 

འབྲོག་པའི་པོ་ཏི།

チベット牧畜文化ポータル

"肉"の名前

2020年03月22日UP
カテゴリー/食肉加工と部位名称
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© Hoshi Izumi

牧畜民のテントの中に入ると、まず目につくのは、テントの中心に据えられたかまどである。調査でお世話になったR家のテントの場合、入って左側は女性の空間で、食器や食品の貯蔵容器などがあり、こちら側で調理を行う。右側は男性用の空間で、仏具や子供たちの勉強道具があったりする。客人は基本的に右側に案内される。牧畜民のテントを訪れるならば、土産をもっていくのが礼儀である。持っていった土産が、道中で購入した羊肉ヤク肉であれば、その日の夕食には塩ゆで肉が出されるだろう。牧畜民にとって肉とは、日々の食料でもあり、贈答品にも、もてなしにも用いられるものである。

チベットの牧畜民の肉利用法はいたって単純なもので、基本的に塩ゆでにするというものである。他には、ミンチ状にして、餃子のように小麦粉の皮で包んだものを蒸したり、焼いたりする(肉饅頭)。基本的に肉を直接鉄板で焼くことはしない。肉を焼いた臭いに誘われて悪いものが集まるといわれ、タブー視されているのだ。肉をゆでた後のスープはトゥクパという麺料理に利用する。彼らの生活に無駄はほとんどないのである。

右の写真は塩ゆでにした羊のあばら部分の肉である。食べ方としては添えられたナイフで肉を削って食べる。その際、ナイフの刃は内側に向けて用いること、また骨だけになるまで肉をきれいに食べることが重要とされる。

チベットにも、日本と同様にロースやバラといった部位があり、枝肉は20か所ほどの部位に分かれている。そして、その部位の分け方というのは屠畜を行う際の、肉の解体の仕方に因っている。

彼らの枝肉の解体の仕方を図に基いて説明しよう。

※ 図の各部位をクリックすると、その部位を表わす辞書項目が表示されます。

まず、胸肉と腹部の肉である⑲胸肉(タンゴ)と⑳腹部の肉(タンジェブ)を切り取るところから始まる。

次に、解体を容易にするために腹部から内臓を取り出す。また、枝肉を回転させるときに邪魔にならないように⑫前肢部(ラクイ)を肩から取り外し、⑱前脛(ラクガル)を分ける。

さらに解体しやすいように、一番前のあばら骨から11–12本目の位置で、上半身(コクトル)下半身(コクメル)に分けて作業を行う。

先に上半身のあばら部分のうち⑬第1–2肋骨部分(キャモツォク)、⑭第3–5肋骨部分(ナムゾン)、⑮第6–11肋骨部分(グフ)を背骨から取り外す。

次に①頚椎(ケツク)とその周りの②首の肉(ケヒャ)からなる頸部を切り離す。

残った上半身の背部分(胸椎)はツァルといい、④胸椎前部(ツァルラン)、⑤胸椎後部(ツァルトン)に分けられる。

次に下半身に移り、残りのあばら部分である⑯第12–13肋骨部分(タルツク)、⑰横腹の肉(タヒャ)を切り取る。

下半身の⑥背骨部分(ガッツグ)、⑦仙椎部分(ツァンラ)、その後ろの⑧尾椎(ツァンル・ンガンズク)、および⑩後肢部分(カンイ)、⑪後脛(ジェガル)を分ける。

日本で言うバラ肉に当たる⑭第3–5肋骨部分(ナムゾン)、⑮第6–11肋骨部分(グフ)、⑯第12–13肋骨部分(タルツク)は、主に塩ゆで肉に用いられ重宝される。また、⑲胸肉(タンゴ)、⑧尾椎(ツァンル・ンガンズク)は、脂肪と肉のバランスが良くおいしいので僧侶や友人、客人に送る贈答用やもてなし用の部位として用いられるようである。

このような肉の解体の仕方により細かく分けられた部位の名称や、おいしい部位を贈答やもてなしに用いるといった肉の利用方法は、彼らの生活の中に残り続けている。これらの肉に対するチベットの牧畜民の姿勢は、牧畜生活において家畜の肉というものがただの食料以上の意味があることを示している。


文:小川龍之介、星泉
構成・加筆・修正:星泉
作図:山口哲由
写真:平田昌弘、星泉
初出:SERNYA 3号 42–44頁