東京外国語大学 AA研 チベット牧畜文化辞典編纂チーム 運営
 

འབྲོག་པའི་པོ་ཏི།

チベット牧畜文化ポータル

チベット牧畜民の一日/འབྲོག་པའི་ཉིན་གཅིག

95分/2017年/ドキュメンタリー

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作品紹介

電気もガスも水道もないチベット高原での牧畜民の暮らし。そこでは人間のもっているありとあらゆる能力を使わないと暮らしていけない。家畜の世話はもちろん、食料や燃料の調達、水汲み、洗濯、放牧、住まいに至るまで、自らの手と足を動かし、生きていくための環境を整える。そんな彼らの日々の暮らしを支えているのは、仏への祈り、山の神への祈りだ。乳しぼりや水汲み、放牧をしながらも祈りの言葉を唱え、生きとし生けるすべてのものの幸せを祈り続けている。牧畜民の文化とは、悠久の時をかけて育まれてきた生活の知恵や技術の集積そのものであり、そこに仏教信仰や山神信仰が結びついたものと言えるのではなかろうか。

彼らは今、政府の政策の転換により急激な時代の変化にのみこまれ、山で牧畜を続けるか、牧畜を辞めて町に降りるかの岐路に立たされている。彼らが牧畜を辞めれば、牧畜という生業とともに形成されてきた文化的な基盤は大きく揺らぎ、いつしか失われてしまうだろう。今は牧畜民の伝統文化を直接記録できる最後の機会かもしれないのだ。

映像作品『チベット牧畜民の一日』は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)で進められているチベット牧畜文化辞典を編纂する共同研究の一貫として企画・制作したものである。チベットのアムド地方に暮らすある牧畜民家族の一日の生活の様子を、18のシーンにわけてまとめている。彼らの一日は、自らの手で暮らしを整えていく喜びや楽しみにあふれている。そんなところにも注目して映像をご覧いただきたい。

撮影は2015年8月の共同調査の折に数日かけて行われた。牧畜民の一家の姿を映像におさめてくれたのは、SERNYA二号で紹介した若手映像作家カシャムジャ氏である。氏とのコラボレーションが実現したことで、単なる調査記録にとどまらない、胸に迫る映像作品として完成させることができた。ここに記して感謝したい。

なお、この作品の制作経緯についてはAA研の雜誌『フィールドプラス』17号の巻頭特集「チベット牧畜民の「今」を記録する」の「映像による記録とその功罪」という記事にまとめたので併せてお読みいただければ幸いである。

『チベット牧畜民の一日』各シーン解説

①かまどの火入れ

起床は朝六時半頃。まず女性が先に起きる。身支度を済ませたら、まずは仏壇の前で祈りながら五体投地を行う。次にかまどに火入れをし、たっぷりと湯を沸かす。

②糞拾いと加工

かまどで使う燃料は家畜の糞を乾燥させたものである。朝の乳しぼりをする前にヤクのつなぎ場の糞を片付け、集めておく。乳しぼりが終わったら集めた糞を適当な大きさに加工し、乾燥させる。量にも寄るが、数分で手際よく済ませる。

③朝の乳しぼり

つなぎ場の糞を片付けたら、手をよく洗い、チベット服に着替えてから乳しぼりを行う。時刻は毎朝たいてい七時半頃。全頭しぼり終えるまで約四十分かかる。糞拾いも乳しぼりも女性の仕事だ。

④朝食

乳しぼり、糞加工と続いた朝一番の仕事を終えたら、よく手を洗う。しぼりたての乳で乳茶を沸かし、最初の一杯は仏壇に供える。一家の主人はテントの裏で薫煙を焚いて、山の神への祈りを捧げる。朝食は麦こがし(ツァンパ)。たっぷりのバターと、チーズ、砂糖を載せ、熱々の乳茶を注いだものを手で練っていただく。

⑤水汲み

生活用水はポリタンクを担いで家族専用の水場に汲みに行く。水をいっぱいに詰めると三十キロほどになり、たいへんな重労働だ。

⑥ヤクを山に追う

乳しぼりを終えたヤクの母仔を放牧に出す。その後、残りのヤクも放牧に出す。途中まで追っていくだけで、家畜追いが付いていくことはない。現在は敷地境界にフェンスが張られているので、ヤクがどこかよそへ行ってしまうことは少ない。

⑦主人、町へ行く

町への買物、社交などは一家の主人の仕事だ。かつてはここに戦いも含まれていたが、現在は少ない。一昔前の交通手段は馬だったが、現在はバイクである。細い山道でも自在なハンドルさばきで軽々進んでいく。

⑧洗濯

天気の良い日には一家の水場で洗濯物のまとめ洗いをする。洗濯物は灌木の上に乾かす。撮影の一年後に洗濯機が導入された。

⑨乳製品作り

朝食が終わり、九時頃からバター作りがはじまる。大きな鍋にしぼりたての乳を沸かし、クリームセパレーターに注いでクリームとスキムミルクに分離する。これが終わったら、沸かしたミルクでヨーグルトを作る。また、スキムミルクを沸かしてヨーグルトを投入して凝固させ、チーズを作る。

⑩バター作り

クリームは二日分ほどたまったら水でもみ洗いして、それらを叩いてまとめてバターに仕上げる。セパレーターで分離をはじめてからバターのかたまりが出来上がるまで一時間半以上かかる。

⑪ミルク料理「オコ」作り

牧畜民は肉が好物だが、宗教上の理由、健康上の理由などで肉を食べないことがある。そんなときに作られる伝統料理が「オコ」である。沸かしたミルクに小麦粉、トマ(野生の小芋)、チーズをまぜ、塩だけで味付けしたクリームシチューのような料理である。小麦粉の生地を薄焼きにしたものを浸しながら食べる。

⑫雨雲を動かす儀礼

夏の草原には時おり雨が降る。あまり雨が降り過ぎると困ることも多いので、呪術で雨雲を追い払う。天候を操ることができると信じられている在家行者の役目の一つだ。

⑬バター灯明づくり

チベットでは灯明にはバターを煮詰めたバターオイルを使う。灯明は一日に一個のペースで使うので、時間のあるときにまとめて作る。

⑭水餃子作り

餃子はチベットではよく食べられる料理の一つだ。蒸し餃子の他に、水餃子も楽しむ。手の空いている人はみんなで手伝う。

⑮ヤク、戻ってくる

夕方六時半頃になるとヤクが徐々に戻ってくる。夕方の乳しぼりに備えて乳しぼり用のつなぎ場に母畜と仔畜を分けてつなぐ。他のヤクもどんどん戻ってくるので、柵の中に追い込んでいく。

⑯夕方の乳しぼり

七時前から、女性たちは乳しぼりにとりかかる。一時間以上かけてしぼり終えたら、朝の時と同様、一つの桶に集めてテントに運び込む。

⑰夕方の焚き上げ

八時頃、主人が夕方の焚き上げをおこなう。

⑱夕食とお祈り

八時半頃から夕食である。夕食には麺類をよく食べる。夕食を終えたら、みなで祈りを捧げる。乳や肉をいただいていることへの感謝と、生きとし生けるすべてのものの幸せを祈り、一日を終える。

※ 本作品は、共同研究のメンバー同席のもとであれば様々な形で上映が可能です。ご関心のある方はご連絡ください。
(担当 星 hoshi[at]aa.tufs.ac.jp *[at]を@に変えてください

文責 星 泉

出演:
R家のみなさん、K家のみなさん
企画・制作:
「チベット牧畜民の一日」制作チーム(海老原志穂、ナムタルジャ、平田昌弘、別所裕介、星泉、山口哲由)
撮影場所:
中国青海省黄南チベット族自治州ツェコ県
撮影時期:
2015年8月
撮影・編集・録音:
カシャムジャ
使用言語:
チベット語(日本語字幕版・英語字幕版)
翻訳:
海老原志穂、別所裕介、星泉
翻訳協力:
ナムタルジャ

この映像作品はJSPS科研費 (課題番号15H03203)、および、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題「青海チベット牧畜民の伝統文化とその変容~ドキュメンタリー言語学の手法に基づいて」(2017-2019年度) の成果である。