大地から湧き出す自然の結晶―天然塩の採掘場ツァルゲン・カッパ
ツェコ県ドゴルモ郷の草原に「ツァルゲン・カッパ」という場所がある。ツァはチベット語で「塩」、ゲンは「年老いた、年長の」、カッパは「小さい崖」という意味である。ここは地元で出版された『ツェコ風土記』という本にも登場するとても有名な場所だ。
2019年の夏の調査中には、競馬やラプツェの再建、高僧を馬で出迎えるチャプスと言われる歓迎の儀式と、イベントが目白押しだった。そのため、数日間、地元のチベット人のドライバーが運転するタクシーを借り切っていた。その運転手がとても気のきく人で、こちらからリクエストした行きたいイベントや場所をうまく組み合わせ、効率よく回ってくれた。ツァルゲン・カッパを訪れたのは、そんな夏のある夕暮れだった。
ツァルゲン・カッパは道からそれほど離れていないところにあった。小さな崖の下のあたりが白っぽく浮かびあがっている。近づくとそこは、砂混じりのさらさらした塩で覆われていた。ちょうど、塩を採りに来ている人がいた。いかにも地元の人間ではないわれわれを少し警戒しているようであったが、それもそのはず。ここの塩は地元ドゴルモの人しか採ってはいけないのだ。ドゴルモの人が採って売ることも許されていない。それほどこの塩が貴重なのだろう。塩を採りに来ていたのは、偶然にも、その時滞在していた家と夏営地が隣り合わせの家の息子だった。塩は地表に剥き出しになっているため、素手やスコップでも簡単にすくうことができる。ツァルゲン・カッパは表面の塩を採っても、その部分にまた結晶ができて尽きることがないらしい。
聞くと、一年に一度、ここで採った塩を持ち帰って地面に撒き、家畜にその塩を舐めさせるのだという。その頃になると、家畜は塩を欲し、地面を舐めたりして、塩を舐めたがるようになる。塩を与えないと家畜は交尾をせず、成育にも関わってくる。天然塩が手に入らない地域の人は、お店で売っている塩を買わざるを得ないが、天然塩の方がはるかに効果があるそうだ。ちなみに、人間はこの塩は食用にしない。ためしに舐めてみると、塩辛さよりも、ミネラルの苦味とともにひんやりとした感覚があった。 塩を採りに来ていた彼は、穀物などを入れる大きな袋に塩をいっぱい詰め、バイクの後部座席にくくりつけて去っていった。
陸地で採れる岩塩も元々は海水に由来する。人類が誕生するよりはるか昔に、海が隆起して海水が陸に閉じ込められて結晶化した塩を残し、その上に土砂が堆積することによって塩が化石のように固く閉じ込められたのだそうだ。ツァルゲン・カッパはその地層が褶曲し、岩塩の層が地表に現れたものであろう。 その姿に地球の長い歴史の一端を見た思いがした。
文・写真:海老原志穂