牧畜民にとって「雑草」とは?
日本語で「雑草」と言うと、農耕地であれば作物以外の植物を指し、住宅地や道路、駐車場などであれば、人間が整備した土地に自然に生えてくる草などを指す。それでは草原に住む牧畜民たちにとって「雑草」とはどのような植物のことを言うのだろうか。
アムド・チベット語で「雑草」にあたるに言葉に「ドゥンブ」という単語がある。牧畜地域の草原を歩いている時に、よい香りのするミントらしきハーブを見かけたことがあったが、「この草は何と言うのか」という質問に、チベット人の友人は「これはドゥンブだ」と答えた。どうやら、日本人が考える「雑草」とチベット牧畜民の「ドゥンブ」の間にはかなりずれがあるようだ。
『チベット牧畜文化辞典』では、「ドゥンブ」は、「薬草にもならず、家畜にも食べさせない野生草本植物の総称」と定義されている。薬草は「メンツァ」、家畜が主に食べているイネ科やカヤツリグサ科の植物の総称は「ツァ」 (イネ科の植物だけの総称は「ツヒャン」)、「メンツァ」でも「ツァ」、「ツヒャン」でもない植物は「ドゥンブ」と呼ばれるわけである。特に、後者の「家畜が食べるかどうか」が基準となっているところがいかにも牧畜民らしい。ちなみに、人間が食べる野菜のことも「ドゥンブ」と呼ぶことがある (「野菜入りの饅頭」を「ドゥムコン (「コン」は「蒸し饅頭」)」と言う)。
ここ十数年、牧畜民の主要な現金収入源となっている冬虫夏草のことも、「ドゥンブ」と呼ぶことがあるが、この呼び方は最近の言い方だそうだ。もともと、「冬虫夏草」は「虫」という意味の「ブ」と呼ばれていたが、殺生を想起させるため罪深いとして、雑草を表す「ドゥンブ」が用いられるようになったという。
農耕が盛んな日本の「雑草」と、草原で家畜を飼うチベット牧畜民の「ドゥンブ」。ところ変われば雑草も変わる。
文:海老原志穂
写真:海老原志穂、星泉