チベット・アムド地方の牧畜民の乳加工体系 (2)
1980年代に、中国政府主導の下、クリームセパレーター(オフシュク・トゥンコル)がアムド地方に導入された。女性の労働力軽減にもつながるクリームセパレーターが導入されると、バター加工にはクリームが主に利用されるようになり、乳加工体系は大きく変遷することになった。ここでは、クリームセパレーターがアムド地方の牧畜民世帯に普及した後の乳加工技術について紹介する。
生乳からの加工には、発酵乳系列群、クリーム分離系列群の2つの乳加工技術が採用されている。
用語解説
※中尾佐助氏(1972)が提案した世界の乳加工技術を類型分類するための概念(中尾モデル)に基づく。
- 発酵乳系列群:
- 生乳をまず酸乳にし、酸乳からバター/バターオイルやチーズを加工する一連の技術群
- クリーム分離系列群:
- 生乳からまずクリームを分離し、クリームからバター/バターオイル、スキムミルクからチーズを加工する一連の技術群
1.発酵乳系列群
現在、発酵乳系列群の乳加工技術では、酸乳(ショ)のみの加工が行われている。加熱殺菌した乳(オマ)に、前回の余った酸乳(ショ)を添加し、数時間静置して酸乳(ショ)へと加工する。
クリームセパレーターが導入されてからは、自然発酵乳(オマ)を長時間かけて攪拌し、バターを加工することはしなくなった。従って、バターミルクから非熟成乾燥チーズ(チュラ)を加工することも、現在では必然的に喪失することになった。
加熱乳酸醗酵亜系列
2.クリーム分離系列群
搾乳後すぐに生乳(オマ)を人肌程度に温め、クリームセパレーターにかけてクリームとスキムミルク(脱脂乳)に分離する。クリームセパレーターによって生成したクリームをマル、脱脂乳をトゥンコル・オマもしくはトゥルヨと呼ぶ。クリームは鍋に入れ、水を加えて手で攪拌し、バターを生成させる。バターをマル、同時に生成したバターミルクをマルチュと呼ぶ。
非加熱クリーム分離亜系列
スキムミルクには、凝固剤として酸乳ショを添加し、加熱凝固させる。凝乳(チュラ)を取り出して布袋に入れ、吊るして脱水する。更に、天日乾燥して非熟成乾燥チーズ(チュラ)へと加工する。そこで生成したホエーをチュルクと呼ぶ。
スキムミルクは、ニェンチュルと呼ばれる圧縮チーズを作るのにも用いられる。スキムミルクに、乳酸発酵の進んだホエー(チュルク)を少量加え、天日に当てて温かくしながら数時間静置する。その後、加温して凝固させる。凝乳を布袋に入れ脱水し、包丁で約1.5cm角に切り分けてから、天日乾燥させたら完成である。
参考文献
Masahiro Hirata, Nantaijia, Ryunosuke Ogawa, Shiho Ebihara, Yusuke Bessho, Izumi Hoshi, 2017. Milk processing system of Amdo Tibetan pastoralists and its transition in Qinghai Province, China. Journal of Arid Land Studies, 26(4): 187-196.
平田昌弘、ナム タルジャ、小川龍之介、海老原志穂、津曲真一、別所裕介、星泉、2015.「中国青海省のアムド系チベット牧畜民の乳加工体系〜青海省東部の定住化遊牧世帯と農牧複合世帯の事例から〜」『Milk Science』64(1): 7-13.
中尾佐助、1972.『料理の起源』日本放送出版協会、東京.
文・体系図・写真:平田昌弘