消えゆく伝統的なバター作り
伝統的なバターづくりの特徴
アムド地方での伝統的なバター作りには、伝統的に①数日間発酵させた自然発酵乳を攪拌・振盪(しんとう)する方法、②搾乳したばかりの生乳にたっぷりと酸乳を加えて攪拌・振盪する方法、そして③生乳を一晩静置し、表面に浮いてくるクリームを取り分けて攪拌する方法の3種類がある。乳加工の専門的観点からいうと、①と②は「発酵乳タイプ」、③は「クリーム分離タイプ」である。①と②は乳量の豊富な夏・秋に行われ、③は乳量の少なくなる冬に主に行われる方法である。
ユーラシアの乳文化の分布状況からすると、西アジアに広く普及していた発酵乳タイプの技術がまずチベットに入ってきたものと考えられる。その後、チベットの冷涼で腐敗が進みにくい気候が影響して、クリーム分離タイプの技術が独自に発展したようである。以下ではそれぞれの方法に触れながら、バターのつくり方について説明していこう。
発酵乳タイプ
1. 発酵乳をつくる
①自然発酵タイプ:搾乳したばかりの生乳を、加熱殺菌しないまま、容器に取り分けておく。数日、そのまま容器に置いておいて、自然発酵を促す。表面が泡で覆われてくると、自然発酵が進み、酸性度が高くなっていることがわかる。この自然発酵乳も生乳と同じ語で呼ばれ、特別な名称はない。
②酸乳添加タイプ:搾乳したばかりの生乳に、生乳の3分の1程度の酸乳を添加することにより酸性度を高める。
2. 攪拌・振盪
上述のいずれかの発酵乳(自然発酵乳を攪拌する場合と、搾乳したその日に攪拌する場合とがある)を木製の攪乳桶に投入し、攪乳棒を何度も上下させ、バターが浮いてくるまで攪拌する。残った白濁した液体はバターミルクといって、チーズづくりに用いる。
攪拌回数は1,000回ほどで、1日かかる仕事であったという。木製の攪乳桶には蓋が付いており、攪乳棒を差し込む穴に、攪拌中の飛び出しを防止するために、20cmほどの襟がついているのが特徴的である。
かつては羊の革袋を用いて、地面の上で転がして振盪していたとも言われている。
3. 水洗
浮き上がってきたバターを集め、水でよく洗う。2回ほど水を換えて、残留しているバターミルクなどを取り除いたら完成。冷たい水に30分程度浸して冷却させる。
4. 成形
手でよく叩いてバターから水分を十分に切り、成形してバター保管用の木箱などに入れておき、日常の食事に用いる。
5. 保存
バターを長期保存する場合は、羊の革袋にぎっしりと詰め込み、テント内の冷暗所に置いて保存していた。革袋を用いれば、10年でも保存が可能であるという。
クリーム分離タイプ
1. 静置
生乳を加熱殺菌せずに一晩静置し、表面に浮上したクリームを取り分ける。
2. 攪拌
手で100回ほど攪拌すると白い色をしたフレッシュバターになる。冬の時期によく作られ、正月のバター菓子シンをつくるのにも用いられる。
文:平田昌弘
イラスト:蔵西
初出:SERNYA 3号 35–37頁