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འབྲོག་པའི་པོ་ཏི།

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空間をリセットする―牧畜民の年越し

2019年11月23日UP
カテゴリー/牧畜民の宗教文化
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© Kuranishi

1. チベットの年越し

以下に見る年越しの行事は、古い一年の厄を払い、新しい年の始まりに向けて生活空間を刷新する重要な行事である。ツェコでは、大晦日の前日に大祓の儀式が行われ、大晦日を経て、新年(ロサル)へと至る。その大まかなプロセスを紹介する。

2. 大晦日の前々日

ツェコ一帯では、大晦日の前日(農暦の12月29日に当たる日)に「グトル」と呼ばれる大祓の儀式が行われる。

在家行者のいる家庭ではそれぞれ自分の家で厄払いの読経を行う。事前に自宅の居間に祭壇をしつらえ、当日勧請する主神(馬頭観音や大黒天など、曼荼羅の主尊格になる仏神)に合わせて諸種のトルマを作成しておく。

グトル当日、主座に祭主が座って太鼓を叩きながら儀軌をこなす。向かい合う位置に介添人が座り、儀軌の手伝いをする。

儀礼の間中、祭主は左肩から斜めに呪物ベルト(ラプスン)を身に着け、左手に動物の角で作った呪具(トゥンラ)を持ち、傍らに「殺人に用いられた刀剣」や「猛禽類の足」などのまがまがしい呪物の集合体(シャクツェン)を配置して、様々な所作を行う。これらの諸道具はいずれも魔物の力を弱める働きを持ち、その場に召喚された仏教の神々によって魔物たちが調伏される。

儀軌が進むに従い、介添人がトルマを段階的に外へ運び出す。儀礼のクライマックスは主神のトルマを戸外の水のある場所へ運び、焼却する場面である。

主神のトルマを抱えて外に出ようとする介添人
川辺へ向かう一行。この時、主神のトルマの前に人がいないように細心の注意を払う

焼却時には手を打ち鳴らしたり爆竹を鳴らしたりして騒音を立てる。

焚木に点火する

焼却した場を立ち去る際には河原の石を円錐状に積み上げて結界とし、後ろを振り返らずに家まで直行する。途中で水汲みの女性に遭遇した場合には背中の水桶が満杯であれば大変縁起が良く、空であれば遠回りしてよけて通る。

家に入る際には浄水にミルクを混ぜた手洗い水で身を清めてから門をくぐる。祭場に戻ると祭主が「ツェムダ」と呼ばれる矢で参加者の頭部と両肩に触れて祝福し、祭壇から下げた「ツェリル」と呼ばれるトルマに使用したバター飾りの一部をおすそ分けしてもらう。これが済むと参会者は解散し、祭儀は終了する。

手に受けた手洗い水は頭部にもなでつける
矢で参加者の頭に触れる祭主
ミルクに浸したツェリル

3. 大晦日から正月一日

翌日の大晦日には一日中どこへも外出せず、早めに夕食を取って床に就き、じっと静かに年が変わるのを待つ。深夜零時を過ぎると、爆竹の大音声が方々で鳴り響き、もはや寝ていることは不可能になる。一家全員が起き出して正装に着替え、焚き上げ用のかまどの前に集まって新年最初のお焚き上げを行う。火中にバターでヤギをかたどったトルマを投げ込み、ほら貝を吹き、経文を唱えて新しい年の加護を祈念する。

日付が変わると家族全員が起き出し、途端ににぎやかな雰囲気に変わる
動物供犠の代用品となるバターの供物

その後、ご馳走の並んだテーブルを前に家族で経典を唱和する。しばらくすると、もっとも近い母方・父方の親族を皮切りに、友人、嫁の実家や婚出した娘の嫁ぎ先などの姻戚が続々と手土産をもち、着飾った服装で年始回りに訪れる。もてなす側もまた、来てくれた人々の家を順繰りに回っていく。こうして最長で30日にも及ぶ長い期間、自らを中心として同心円状に広がるすべての人間関係を網羅的に再確認していく交流の日々が続く。

家族で経典を読誦する
正装した来客たち

文:別所裕介
イラスト:蔵西
写真:星泉、海老原志穂
初出:SERNYA 4号 8–16頁