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神の居場所を造る その2 ラプツェ再建の実録

2020年05月02日UP
カテゴリー/牧畜民の宗教文化
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一般に、ラプツェの基本構造は「地上部分」と「地下部分」の二段構成となっている。前者の地上部分は毎年初夏のラプツェ交換の祭儀の際に村人が持ち寄るヤンダ(土地神に捧げる武器)を束ねて山頂に直立させたもので構成されており、村人たち自身で維持・管理することが可能である。一方、後者の地下部分は「宮殿」と呼ばれる土地神の居所であり、地中に数メートル四方の巨大な穴を掘って内部を様々な呪物や法器(仏像や経典を始めとする諸種の法具)で満たした聖なる空間として作り上げられる。この地下部分の造営については高度な専門知識が必要であり、密教の修行を積んだ高位の宗教職能者による的確な指示が必要となる。逆に言えば、地上部分は毎年繰り返し更新される消耗品的な供物の集積に過ぎず、土地神の守護力をより本源的に決定づけている(と考えられる)のは、地中に隠された地下部分(より正確に言えばそこに収められる大量の埋蔵供物)の方である。以下ではこの地下部分に着目しながら実際の建造プロセスを見てみよう。

ラプツェの開眼法要が行われる日の早朝、ヤンダをかついで現場へ向かう地元民

ここでは2019年8月初頭に二日がかりで挙行された、ツェコ県のある村のラプツェ再建の模様を紹介する。このラプツェは家畜の守護に霊験あらたかな土地神の居所として地元の人々によって篤く信奉されてきた。ところが、3年前の落雷によりラプツェが全焼してしまったため、村内の長老たちが寄り合いを持ち、基礎部分を含めて新たに造営し直すことが決まった。開眼法要の導師にはロンウォ大僧院の座主、ジャンゴ・リンボチェの来臨を仰ぐことが決まり、村人たちはツォムダと呼ばれるラプツェの支柱用の頑丈な良木や宮殿内に納める物品など、ラプツェの造営に必要な資材集めに奔走した。後者の中で特に重要なのが「宝瓶」と呼ばれる呪物である。これは五穀(米・はだか麦・小麦・豆・黒麦)と五宝(珊瑚・トルコ石・真珠・水晶・瑪瑙)を混ぜ合わせて素焼の壺(表面に如意宝珠の絵が描かれる)に封入し、数日にわたって読経と加持祈祷を施した、今風に言えば一種の「パワーアイテム」である。なお素焼の壺が用いられるようになったのは最近で、かつては羊毛製布製の袋に供物を詰めたものがより一般的だった。

導師を出迎えるために集まった男たち

ジャンゴ・リンボチェは開眼供養前日の午後に現地入りした。リンボチェの車列が村の入り口に到達する頃を見計らって、盛装した男たちが馬に跨ってそれぞれのサブリネージ(この村の氏族は8つのサブリネージに分かれている)を象徴する色の軍旗を持ち、チャプスと呼ばれる出迎えの儀式を行った。その後、導師は山の麓の幕営内に設置された法要用テントの中に入り、用意された数千個に上る宝瓶を始めとする諸種の供物に加持を施す儀式を執り行った。宝瓶はその数が多いほど強大な加持力を発揮するとされ、加持祈祷が終わった後は穢れに触れたりしないよう、保管場所や保管方法に細心の注意が払われる(運搬中に不用意に地面に置いただけで、呪力がその場に滲み出してしまうという)。

白馬の背後に見えるのが二日間にわたってジャンゴ・リンボチェが滞在した幕営

翌日、早朝から正装をまとった村の男たちがめいめいのヤンダ(一世帯につき一本を、その家の男子が代表で持参する。原則として女性が祭儀の場に立ち入ることは禁じられている)を携え、山の麓に集結した。山頂にはすでに数メートル四方の深い穴が掘られており、その周りに石と角材で組まれた基台がしつらえられている。

山頂に設けられたラプツェの基台
黄色の木枠の中にヤンダが挿し込まれる

導師は日が昇ると共に幕営の中で読経を開始し、土地神を始めとする神々をこの場に勧請し、開眼法要を行うことを告げる。村人たちは焼香壇の周りに集まって香煙にヤンダをかざし、土地神への祈願文を唱える儀礼を行いながら時折一斉に大声で「ラギャロー」と神々を称える雄叫びを上げ、その度に大量の白いルンタを中空に撒く。一部の人たちは自身の家畜をこの場に連れてきて土地神へ捧げるツェタルとして供養し、神仏の加護を祈って焼香壇の周りを周回させる。

山の麓に参集した人々
焼香壇を中心にひとしきりにぎやかな鬨の声が上がる
祭儀の場に連れてこられて放生されたヤク。この土地神の騎乗馬が白であることにちなみ、体毛が白い家畜が選ばれている。肩につけられているのはジャンゴ・リンボチェ直々に息を吹きかけて加持した放生布(ツェタルの印)

やがて山頂の準備が整い、埋蔵物を運び上げるように世話役の長老たちから号令がかかるが、全員が山頂に近づいてよいわけではなく、占星術の結果に基づいて寅年生まれの成年男子のみが群衆の中から選ばれ、山頂から麓まで列を作ってリレー式に次々と品物を運び上げていく。これには「宮殿」周辺の場の清浄性を確保し、雑多な人間が不用意に近づくことによって汚穢(もしくは穢れ)を受けるリスクを回避する意味もある。すべての埋蔵供物が運び込まれ、その上から絹布を何枚も重ねた上で入口を密封するまでの間、宮殿内部はむき出しで外気にさらされた状態となり、この作業をスムーズにこなせるかどうか(宮殿内部にどれだけ加持力を封入できるか)がラプツェの出来具合を左右することになるため、この敏感な工程の間中、世話役たちは独特な緊張感をもって場の清浄性の維持に細心の注意を払う。

山頂に集結した氏族集団。ヤンダにつける旗の色が数色に分かれているのは、氏族内のサブリネージごとにシンボルカラーが決まっているためである。
中心に立てられたツォムダの周りに各自のヤンダを手際よく差し込んでいく
ラプツェ交換の祭儀同様、羊毛の荒縄によってヤンダの集合体が束ねられる

入口を厳重に封印した後、基台に挿し込まれたツォムダに対して四方からロープを張り、垂直に引き起こして固定する。この後のプロセスはラツェトパと全く同じであり、各サブリネージがそれぞれのヤンダを携えて山頂付近に陣取り、定められた順序で次々と基台の中にヤンダを差し込んでいく。その間、導師は山頂にしつらえられた別のテントへ移り、出来上がったラプツェ全体に対して「ヤンを呼びこむ経典」を始めとする諸種の開眼の儀軌をこなし、最後に自らラプツェの周りを周回して御神酒を振りまく所作を行い、一連の開眼法要は終了となる(同時に、霊的にはこのラプツェ全体が土地神に引き渡されたことになる)。このあと人々は三々五々山を下り、めいめいの放牧地に向かって帰路につく。

ラプツェのすぐ脇にしつらえられた小型テントの中でさらに儀軌を続けるジャンゴ・リンボチェ

以上が、実際に牧畜地域で観察されたラプツェ再建の実録である。最後にその3では、ラプツェの造営に見られる仏教と民間信仰の関係について少し考えてみたい。


文:別所裕介
写真:ナムタルジャ、海老原志穂