東京外国語大学 AA研 チベット牧畜文化辞典編纂チーム 運営
 

འབྲོག་པའི་པོ་ཏི།

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壮観なる牧畜民の焚き上げ

2019年11月22日UP
カテゴリー/牧畜民の宗教文化
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アムドの牧畜民の間では、ビャクシンや大麦などを焚き上げ、その煙を通じて神仏や餓鬼に供物を捧げるという行為が広く行われている。アムド地方では一般に、神仏に対する焚き上げをサン、餓鬼に対する焚き上げをツァスルと呼んでいる。牧畜民の宿営地では一般に、神仏に対するサンの壇は大きく、施餓鬼を目的としたツァスルの壇]はそれよりも小さい。また調査を行ったアムドのある牧畜民の夏の宿営地では、山々の神々の為に捧げられるサンの壇は宿営地の裏手(神の宿る方)に、施餓鬼用の壇は表側に設置されていた。

牧畜専業でない定住家庭でも、サン用の壇とツァスル用の壇は区別されている。

左は施餓鬼用の壇。右の火炉は神仏に対する焚き上げを行う際に用いられる。

両者は隣接して設置されていることが多いが、施餓鬼用の壇は家屋の外壁に設けられることもある。

家屋の外壁に設けられた施餓鬼用の壇

また、焚き上げには厄除けや浄化の効用があるとも信じられている。18世紀の仏教僧トゥカン・チューキニマは、焚き上げには年の厄や土地の禍害、人間と家畜の疾病など、様々な禍難を回避する効験があると述べている。またボン教のある聖典には、古代チベット王国の初代王ニャティ・ツェンポが来臨する前に、人間界の汚濁を浄化する為に祭司たちが焚き上げをしたという記述がある。今日でも高僧の来駕に際し事前に焚き上げをして場を清めておくことがある。

アムドでも焚き上げによって家屋を浄めることがあり、特に新年には寺院や各家庭で厄祓を目的とした焚き上げが盛大に行われる。この他、アムドの家庭では自家製のヨーグルトを作る際、発酵温度を保つために容器を毛布で包んだ後、毛布の中に少しだけ煙を焚きこむことがある。虫を追い払う意味があるようだが、こうした行為にも食べ物を浄めるという思いが込められているのかもしれない。

牧畜民たちの焚き上げの様子は壮観である。壇の上では炒った大麦、ビャクシン、白と緑の絹布などが火に焚べられ、身を清めた男たちが神々を讃える言葉を唱えながら壇を時計回りにまわる。そして、時おり神酒バター入りの乳茶、風の馬が印刷された紙(ルンタ)を撒布する。男が吹き鳴らす法螺貝の音が夏の草原中に響き渡る。一連の行為には力強いリズムと自然な呼吸がある。

山の神々に対する焚き上げは、牧畜民たちの生活の全てが、彼らの居住圏を取り囲む山々に鎮座する神々によって守護されているという信念に基づいて行われている。このように焚き上げの伝統は、彼らとそれを取り巻く環境との密接な関係の中で継承されてきたのである。

牧畜民の朝の焚き上げ[サン]

1 . サン用の壇の上に並べた燃料糞に火をつけ、その上にビャクシンの葉を積み上げる。

2. 普段着の上に着物をまとい、祈りの言葉を唱えながら壇に大麦の麦こがしをくべる。ほら貝を吹きながら壇を右回りに回る。

3. 乳茶をビャクシンの葉につけて壇の上に撒き、山神へのお供えとする。

4. 祈りの言葉を唱え、壇を右回りしながら、ルンタが印刷された紙を撒き散らす。


文:津曲真一
イラスト:蔵西
写真:平田昌弘、津曲真一
構成:岩田啓介
初出:SERNYA 3号 45–47頁