天と地がつながる瞬間―山の神祭り
1. 土地神信仰
土地神はチベットの村落社会で様々な職能を持つ土着の神である。以下では土地神が棲家とする社である「ラプツェ」について紹介することで、土地神祭儀の具体像を見ていきたい。
2.ラプツェ交換
ラプツェは、仏教が到来するはるか以前から崇拝されてきた氏族の守護神である土地神を祀る社である。古代チベット王の始祖は、天から山の頂に降り立ったとされているが、チベット各地にはこれを祖型とする伝承が伝わっている。ラプツェを祀る祭儀はその名残を今日に残すものである。ラプツェ本体は「ヤンダ」(招福の矢)と呼ばれる先端を尖らせた長い木のポールを何本もまとめてひとからげにしたものである。このラプツェは年に一度、初夏の時期に新しく更新される。この祭儀を「ラプツェトパ」と呼ぶ。以下、そのプロセスを記述する。
①まず、氏族ごとに管理する神の山から木材を切り出し、ヤンダを制作する。ヤンダは、外敵や厄災から氏族を守る武器として神に捧げられる。
②祭儀当日、各世帯の男子がラプツェに集まり、持ち寄った新しいヤンダをサンの煙でいぶして浄化する。
③ラプツェの基台によじ登り、古い矢を撤去しながら基台のなかに新しい矢を差し込んでいく。
④新しいヤンダが完全に束ねられて直立した後、村人各自が羊毛の先端を手にもってラプツェの周りを周回し、氏族の繁栄と健康長寿を祈念する。
⑤このようにしてラプツェのお色直しが終わると、今度は草原の思い思いの場所に散らばって飲食をし、村人の間の親交を深める。歌や踊りに興じる人々もおり、ピクニックのような雰囲気になる。
3.総括
土地神は、人間の誕生と共にその命運を司るとされる 産土神と同義であるため、チベット人であれば必ず自分の土地神を持っている。このことは、仏教とは別個の次元で、チベット人のアイデンティティの土着的な拠り所が存在することを示している。
チベット高原は広く、またその周縁部には異民族との混交が進んだ地域が多く見られる。だが、山の上に木のポールを束ねたような奇妙なオブジェを見かけるならば、その山の麓には必ずチベット系の村人が住んでいることになる。とりわけ多民族混交が進んでいるアムド(チベット東北部)を旅し、平地の都市から高地へ移動したりする際に、どのあたりからラプツェが山の上に現れ始めるか、逆に平地に降りるときにどの地点から山の上にラプツェが見られなくなってくるか、に注意して観察していると、ただ単にバスにのって移動している時でも、車窓からみえる限りの景色の中に、モザイク状になって広がっている多民族状況の仮想地図を思い浮かべることができる。
イラスト:蔵西
写真:ナムタルジャ