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草原のめぐみを食べよう その3 草原で採れる高級食材

2020年06月20日UP
カテゴリー/食文化
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© Tsumagari Shin'ichi

キノコ狩りというと森林のイメージが強いかもしれないが、草原にもキノコは生える。菌類であるキノコは水気や湿気を好むため、雨の後などにニョキッと生え、白い点々のように草原に姿を表す。草原に生えるキノコの種類は、いずれも白い色をした、「タルザン・トゥル」、「ゲンム・ジャト」などもあるが、これらは食用にはせず、食用として採取するのは「ヒャモ」と呼ばれるハラタケ科のキノコ(学名はFloccularia luteovirens)のみである。ヒャモは傘が黄色く、柄が太く短い。傘が開くにつれ、色はだんだん白っぽくなってくる。食用としては傘が開きすぎていないものが好まれる。

水気を好んで生えるキノコには虫がつきやすい。時間が経って傘が開いてしまうと、小さな虫が傘の内側のひだや柄の内部を食ってしまう。殺生を嫌うチベットの人々にとっては、虫一匹もひとつの命。芥子粒よりも小さな虫を可能な限り取り除き、可食部は収穫量の半分以下ということもある。

傘が開きすぎているキノコ

キノコを用いた料理

ヒャモと呼ばれるこのキノコは、中華料理風に炒めて塩で味をつけることもあるが、チベット料理としては、バターで炒めツァンパをまぶした料理、ストーブの上でキノコの傘を下にして焼き、上にバターをのせて溶かし、ツァンパをふりかける料理がある。

家庭でいただいた、ツァンパをまぶしたキノコ料理
ツェチュ河のほとりの草原レストランででてきた上述の写真と同じ料理
ストーブの上でキノコを焼いているところ
焼いたキノコにバターとツァンパをのせた料理

この二つのどちらの料理もバターとツァンパを使うところが特徴的である。「(油脂を使って)炒める」という調理法がほとんど行われてこなかったチベットの食生活を考えると、「バターで炒める」ことにも中華料理の影響をみてとれるため、ストーブの上で焼く、後者の調理法のほうがより伝統的なものであると考えられる。おそらく、ストーブの上でバターをのせて焼く調理法が先にあり、それが中華料理的な「鍋で炒める」文化と融合して「バターで炒める」という調理法が生まれたのだと推測される。

また、いずれの料理においてもツァンパがかけられている点も興味深い。チベットでは、バターはお茶に入れたり、ツァンパやニョクとして、または、蒸しパンとともに混ぜて食べたりすることが多い。いずれの場合も水分や穀物にバターを混ぜて食することで、バターを余すことなく利用していることがわかる。キノコ料理においても、溶けたバターを粉状のツァンパに含ませることで、バターを無駄なく利用しているものと思われる。

高価で売買されるキノコ

2015年8月の調査時にツェコ県の中心地の街を訪れた時、牧畜民たちが収穫したキノコを買い取る店があった。生の状態のキノコが一斤45元で買い取られていた(一斤は500グラム、45元は800円程)。キノコの買取レートは収穫量などにより毎年推移する。同じ店でバターが一斤27元で買取されていたことからも、キノコが高価な食材であることがわかる。

キノコ狩りの思い出

チベット牧畜民のキノコ狩りに同行したことが二度ある。

一度目は牧畜民の熟練主婦について、営地近くの放牧地に生えているキノコを採取して回った。雨の降ったあとだったこともあり、湿った草の間には小さな黄色い点のようなキノコが所々に生えていた。熟練主婦は、100メートルほども離れたところから、あそこにある、といってキノコを見つけ出していたのに対し、キノコに目の慣れていないわれわれはそうもいかず、主婦の後ろに付き従って生えている場所を教えてもらったり、ひたすら足元に目をこらしながら小雨の中を歩き回ったりしてなんとか数個みつけることができた。

二度目は、小学校高学年の男の子が案内役であった。その年は、キノコの収穫量が少ない年で、旬も終わりかけの時期であり、ピンポイントでキノコが生えるスポットを数カ所回った。各スポット間の距離がそれぞれ500メートル以上は離れていた。時期が遅かったこともあり。それぞれのスポットでは2、3本の傘の開いたものしか収穫できなかった。身軽な小学生についていくのは一苦労ではあったが、今度はこっち、次はあっち、と丘を上り下りしながら駆けていく少年の行く先には必ずキノコ(またはキノコの生えた跡)があった。どこにキノコが生育するのかという脳内地図にしたがって間違うこともなく各箇所を回っていく姿には、感心させられもした。

観察力と視力、そして、時にアップダウンのある草原を歩き回る体力、さまざまな能力をためされたキノコ狩りの思い出である。


文:海老原志穂
写真:海老原志穂、津曲真一、星泉、平田昌弘