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草原のめぐみを食べよう その5 ハレの日を祝うトマ芋

2020年10月19日UP
カテゴリー/食文化
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© Ebihara Shiho

豆のようだが…

豆のようにも見えるこの食べ物は、実は、バラ科のキジムシロ属の植物の根っこで、ジャガイモやサツマイモなどと同様に根が肥大化したものであるので、芋の一種である。チベット牧畜文化辞典ではこれまでの日本語訳にならって「トマ芋」としているが、「トマ」はラサのチベット語にもとづいた発音で、アムドのチベット語では「キョマ」と発音される。

牧畜民に限らずチベット人たちは、夏から秋にかけて、地面に這っているトマの葉を目印に、トマ芋を掘る。トマは背の低い植物で、地をつかむように生えることから、「キョマ・サンズン (サ=地面、ンズン=つかむ)」とも呼ばれる。トマ芋を掘りに行くのは主に女性たちである。掘ったトマ芋はきれいに洗って乾燥させ、乾燥トマ芋として、一年を通じて利用できるよう保存しておく。

まず、トマ芋の基本的な調理法を紹介しよう。

「トマ芋の溶かしバターがけ」の作り方

以下に紹介する「トマ芋の溶かしバターがけ」のレシピは2018年の年末にメシュルからツェコ県の県庁所在地に行く道の途中にある牧畜民の家庭に宿泊した際に教えていただいたものである。

  1. 前の晩に、乾燥トマ芋約1キロを鍋に入れ、水をたっぷり注ぎ、ふやかしておく。
  2. トマ芋と水の入った鍋をそのままかまどの火にかける。塩を4グラム振りいれる。30分煮るとトマ芋が茹で上がる。(このままでも少し甘味があっておいしい)
    トマ芋の鍋にお湯を足しているところ
  3. 300グラムほどのバターを別の鍋に入れ、おたまで混ぜながら強火でぐつぐつと煮立たせ、バターの水分をとばす。
  4. 煮えたトマ芋をお茶碗によそい、その上から溶かしバターをかける。
  5. 砂糖をたっぷりかければ出来上がり。

さらに、ツァンパやチーズをかけることもある。

チーズをトッピングしたトマ芋の溶かしバターがけ

ハレの日に登場するトマ芋料理二種

トマ芋は一年を通していつ食べてもよいが、正月や法要などのハレの日に食されることが多いのはこの食材の文化的特徴であろう。

ハレの日の定番は、ご飯にトマ芋をのせ(または混ぜ)、バター、砂糖をかけた「キョンディ(トマご飯)」だ。日本で言えば、まさにお赤飯的な食べ物である。

中華料理の影響で、おかずとともにご飯を食べるというスタイルもだいぶ浸透しつつあるが、米はもともとは貴重品で、慶事の際など特別な折に食べるものであった。そのため、単に「ンディ(米、ご飯)」だけでこの「トマ芋入りご飯」を指すこともある。トマ芋のほか、棗(なつめ)が入ることも。

もう一つはデコレーションケーキのような見た目のバター菓子「シン」である。こちらは、正月や結婚式の際に作られる。

見た目はケーキのようだが、持つとずっしり重い。材料は、ツァンパ、チーズ、バター、砂糖、乾燥したトマ芋を粉にしたトマ芋粉。それらを混ぜ合わせ、加熱してバターと砂糖を溶かした後で型に流し込む。上に果物や氷砂糖、キャンディー、マーブルチョコなどを載せて飾り付け、最後に溶かしバターを流し込み、冷やし固めて、翌日、型から取り出せば出来上がりだ。特にトマ芋をたっぷり入れたシンは、「キョジン(トマ芋のシン)」と呼ばれる。

家庭によって、また、その時家にある物によって、デコレーションも変わる。思い思いにデコられたかわいいシンの写真を何枚か紹介したい。

氷砂糖の器の上に置かれたシン

見た目もよく、高級な食材を用いたシンは、正月の挨拶参りに来た客へのお土産としても定番である。

お土産として訪問客に持たせるために包装された小型のシン

いずれもとてもおいしそうであるが、言ってみればバターの塊。放牧中のカロリー補給でもなければなかなか手が出しにくい。普段は溶かして、ツァンパにバター代わりにかけて食べたりするようだ。

シンをたらいに入れ、ストーブの下の部分に置いて溶かしているところ

トマ芋を入れたご飯とバター菓子「シン」。どちらもチベットのハレの日には欠かせない食べ物だ。


文:海老原志穂
写真:海老原志穂、ナムタルジャ、平田昌弘、星泉