草原のめぐみを食べよう その2 おいしいものにはトゲがある。
「美しいものには棘(トゲ)がある」という有名な常套句があるが、おいしいものにもトゲは多い。レモン、ユズ、ナツミカンなどの柑橘類やキイチゴの枝、山椒、タラの芽。野菜でもキュウリの表面やナスのヘタ、トマトの茎や葉など。美しいものもおいしいものも、それらのトゲは植物が人間や動物たちに採取されないための自己防衛手段であると考えられている。
ラダック、ブータン、ネパールなどチベット文化圏全域で広く食利用されているイラクサ(Urtica sp.)も、茎と葉がびっしりと白いトゲで覆われている。ツェコでは、半日陰の森の斜面に群生し、大きいものは草丈1メートルほどに生育する。
イラクサの茎は太く、葉は細長いシソの葉のような形をしている。「蕁麻疹(じんましん)が出た」という時の「蕁麻疹」はもともと、イラクサ(蕁麻)に触れると発疹とともに肌にかゆみが出ることからこの名前がついている。茎や葉に生えているイラクサのトゲにはヒスタミンなどの成分が含まれており、素手で直接触れると、トゲの刺さる痛みとともに激しいかゆみとしびれに襲われ、半日ほどはかゆみが取れない。採取する際には、厚手のゴム手袋や、軍手が必須である。茎の根元から採ったイラクサはビニール製の麻袋のような大きな袋に詰め込んでかついで持ち帰る。
持ち帰ったイラクサは、手でしごき、茎から葉をとりはずす。
収穫と下処理の一手間はあるものの、ゆでてしまえばイラクサのトゲは溶け、葉はやわらかく、味はくせがなく濃厚だ。身近な食材に例えると、ケールやほうれん草の味に近い。料理としては蒸し饅頭、クレープ、ニョク(「ニョクで脂をおいしく」)、ソルグ(「イラクサと大麦粉と肉の蒸し料理」)などさまざまな料理に利用される。
今回はその中から、イラクサの蒸し饅頭の作り方を紹介しよう。
イラクサの蒸し饅頭の作り方
- 洗ったイラクサを包丁で刻み、みじん切りにする。 刻むと少しねばりが出てくる。
- みじん切りにしたイラクサに、粗切りにした羊肉を加えよくまぜる。
- そこに、塩をひと握りほど加える。
- 小麦粉に水を加えて練って作った皮に、さきほどの餡を包む。
- 包み終わったら、蒸し器で蒸す。 イラクサの緑が少し透けた蒸し饅頭に、お好みで酢やトウガラシをつけて食べる。
イラクサは乾燥保存可能であり、年間を通じて利用できる。乾燥イラクサの利用については回を改めてご紹介したい。
最後に、チベットで有名な聖者ミラレパとイラクサについて触れたい。ミラレパといえば、食糧が尽きて修行していた洞窟の前に生えていたイラクサを煮詰めたスープを飲んで命をつなぎ、果てには、やせ細ったその肌がイラクサのように青白くなってしまったという逸話でおなじみである。イラクサといえばミラレパの名が口をついてでてくるほどチベットでは有名な話である。イラクサに関心をもつまでは、「修行とはいえ、雑草のような草のスープはなんとも苦そうだ」くらいにうけとめていたのだが、改めて調べてみると、イラクサは食物繊維をはじめ、カルシウム、鉄分などのミネラル、各種ビタミン豊富。ほうれん草よりもずっと栄養的にすぐれた野草だ。苦味もえぐみもなく、濃厚な味わいである。タンパク質、脂質においてはかなり不足していたであろうが、ミラレパが口にしていたイラクサのスープは苦くもなかっただろうし、栄養価もかなり高かったはずだ。
栄養価のことはともかく、日陰に群生し、トゲだらけで摘むのにも苦労する植物であるイラクサは、ミラレパのストイックな苦行のイメージととても合っている。イラクサといえばミラレパをつい連想してしまうのは、このイメージ的な親和性の高さにも一因があるのかもしれない。
「草原のめぐみを食べよう その3」ではキノコを使った料理を紹介する。
文:海老原志穂
写真:海老原志穂、平田昌弘、星泉