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草原のめぐみを食べよう その4 すっぱさを求めて

2020年07月07日UP
カテゴリー/食文化
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© Ebihara Shiho

牧畜民たちを取り囲む草原や森の植物の中には、そのまま食べたり口にしたりできるものもある。葉や茎を利用するものと、果実を食用にするものに分けてみていこう。

生の葉や茎が食用になる野生植物

生の葉や茎を口にすることのできる野生植物にはタデ科のものが多い。タデ科の植物で食用にできるものとしては、日本ではソバやお刺身のつまに使われる紅タデなどが知られている。

ツェコの草原でよく見かけたのは、タデ科スイバ属(Rumex sp.)のキュルレモ(「キュル」は「すっぱい」、「レモ」は「平ら」を意味する)という草である。茎が赤く、葉が楕円形をしており、日本でよくみかけるスイバより葉は小さい。少し肉厚なその葉を数枚重ね、口に含んで噛むとレモンを薄めたような爽やかな酸味が口に広がる。メンソール感はないが、自然のフリスクとでもいったところだろうか。

キュルレモ

また、民家の庭先では、人の背丈よりはるかに大きく育ったダイオウ(Rheum webbianum) が目を引いた。これもタデ科の植物であり、ルバーブと系統的に近い植物である。ダイオウは、葉は利用せず、茎と根の皮をむいて生食する。また、薬草としても利用されている。

ダイオウ

この他にも食用にされるタデ科の植物には、蒸し饅頭の具として使われる、文化大革命の食糧難の時代に食べられていたランブなどがある。

生の果実が食用になる野生植物

食べられる果実をつける草や木もある。放牧のかたわら、彼らが好んで採取していたものには、草になる野イチゴ(Rubus sp.)、木質化した枝になるラズベリーに似た野イチゴ(Rubus sp.)、そして、木の枝になるスナジグミ(Hippophae rhamnoides)、スグリ(Ribes sp.)などがあった。

野イチゴの類は、森の中の、下草に覆われた湿った斜面に多く生えていた。

草になる野イチゴのほうは、市販されている一般的なイチゴ(オランダイチゴ)を二回りほど小さくしたようなかわいらしい形をしている。

草になる野イチゴ

この野イチゴは持ち運ぶ際に非常潰れやすいので、空のペットボトルなどの容器に入れて大事に持ち帰る。

ペットボトルに詰めて持ち帰った野イチゴをたらいにあけたところ

野イチゴは生のまま食べるのだが、2015年の調査時にはたくさん採取できたため、日本人グループの提案で砂糖とともに大鍋で煮詰め、「野イチゴジャム」を作った。酸味がほどよく、きれいな赤い色をしたジャムを、ヨーグルトにのせたり、パンにつけたりして楽しんだ。

採ってきた野イチゴを生のまま食す
ジャム作りに挑戦

スナジグミは、トゲの生えた木になる小さく黄色い果実である。日本では「サジー」という名称でも知られ、栄養価の高いフルーツとして近年、注目されている。このスナジグミは、北インドのラダック地方でもよくみかける植物だ。ラダックではジャムやジュースに加工したものもよくみかけるが、ツェコの牧畜民たちは生の実をそのまま食している。

スナジグミ
スグリ

すっぱさを求めて

「日本にいた時、これが食べたくて、探してやっとみつけたんです」 日本に留学経験のある牧畜民出身のチベットの方がそう言って見せてくれた写真は、コストコとおぼしき店内で大きな袋に入った冷凍ラズベリーを手に持つ写真だった。

スーパーや青果店の店頭にはさまざまな果物が並び、どれも甘くておいしいが、野生の果実には、品種改良をされた果物にはない、ひかえめな甘さ、それとともにかすかなえぐみや酸味がある。ときどき、桑の実やグミの実、路地の夏みかんなどを口にすると、幼少期を過ごした東京郊外の風景を思い出す。日本留学中にラズベリーを探し求めた彼も、甘酸っぱいその味とともに、草原や森で果実を採取して回った幼少期への郷愁をおぼえていたのかもしれない。

すっぱさは、なつかしさでもある。


文:海老原志穂
写真:海老原志穂、星泉